素敵な休日の過ごし方



どうしてこんなことになったのか・・・
テーブルの上ですっかりぬるくなってしまったであろうビールを見つめながら、俺は考えている。 そう。ここはどこにでもありそうな平凡な居酒屋で、俺は席についてビールを頼んだ。
いつもなら嬉々として冷え切ったうちに飲み干してしまうビール。
でも、今日は一口も口をつけられることなくすっかり泡がなくなってしまっているビール。
何が問題かって?
よくぞ聞いてくれた。
諸悪の根源はいま、俺の目の前で見ているこっちが気持ちいいくらいの勢いでジョッキの中のビールを飲み干している。

「あ、生おかわりぃー。」

しれっとおかわりもオーダーする始末。整った横顔をじっと睨みつけていた俺に気付いたのか、彼女は不満げに眉をよせた。

「ちょっと。いいかげんその辛気臭い顔やめてくれない?」

店に入ってから、アルバイトの店員やサラリーマンの男どもの視線を奪いまくっている彼女は文句なしに美人だ。
そんな周囲の視線を、さも当然だといわんばかりにすべて華麗に無視している彼女は本当にいい性格をしてる。
彼女は銀座の某有名クラブのNO1ホステス。
俺は交番勤務に勤しむごく平凡ないわゆるおまわりさんと呼ばれる存在だ。
なんて妙な組み合わせ。
誰だってそう思うだろ? 今日は、久々の一日オフ。
俺は思いっきり朝寝を堪能してだらけて過ごしてやった。
そして、気づけば日が暮れていて、窓の外ではカラスがいかにもそれらしく鳴いていた。
そこでふと、借りていたDVDの期限が明日までだってことに気付いてしまった俺。
迷うことなく返却のために家を出てしまった俺。思えばそれが運のつきだったと今更ながら気づいてしまう俺・・・・・。
無事DVDを返却した俺は、そのまま真っ直ぐ家に帰ればいいものを、何を思ったかついふらっとBOOKコーナーまで足をのばしてしまった。
新書のコーナーに目を走らせながら歩いていると、不意に肩より下のあたりで何かがぶつかった。
ふわりと、微かに甘い香り。

「・・・すみません。」

「いや、こっちこそよそ見しててすいませ・・・」

言葉が不自然に途切れておちる。俺は目が逸らせなかった。
恐ろしいスピードで脳内の記憶が高速回転する。
心拍数は上昇。昔のドラマでありがちな、恋の始まりともいうべきワンシーン。
でも、残念なことにそれは戦いの序章だった。
期待した人がいたならほんとうに申し訳なく思う。

「あら、おまわりさんこんばんは。」

彼女は、寸分の狂いもない計算されつくした微笑みを浮かべた。
男なら間違いなく心を奪われる微笑みも、俺にとっては殺意の起爆剤にしかならないと断言できる。

「―っおまえ・・・」

吐き出そうとした言葉は、無遠慮に押し当てられた彼女の手によって押し込められた。

「おまわりさんともあろう人が、公共の場をわきまえないのはいただけなくってよ。」

悪びれる様子もない彼女の態度に、俺は脱力感を感じながら手を振り払う。

「さすがはNO1。他人の私物に悪戯するのは社交界かどこかのご挨拶か何かですか?」

自分でも惚れぼれするくらいとげとげしい声がでた。
それでも彼女は動じない。

「まぁ、ひどい。わたくしあの日からずっとお待ちしておりましたのに・・・・。」

芝居がかった調子で彼女は悲しげに目を伏せた。ほんといい性格してやがるこの女。

「そういうことは営業でやれ。」

「ほんと器の小さな男ね。」

彼女はため息とともに伏せていた目をこちらに向けた。

「むしろ感謝されてもいいくらいだと思うんだけど?ただで名刺あげることなんて滅多にないんだから。」

束の間思い出されるのは先輩たちの爆笑。腹がよじれるといわんばかりに、机を叩いていた様子は今思い出しても胸糞悪い。
ふつふつと怒りがこみ上げてくるのを表現するかのように、眉間に皺がよる。

「まぁ、でもあなた見るからにプライド高そうだしね。ちょっと抉りすぎちゃった?」

「他の誰に言われてもあんたにだけは言われたくないね。」

この女の中にはきっとエベレスト級のプライドがそびえたっているにちがいない。

「しょうがないわね。じゃあ今日は傷心でかわいそうなおまわりさんにつきあってあげる。」

「は??」

言葉の意味を半分も理解できずにいる俺は、文句は一切受け付けないといわんばかりの勢いで腕を引っ張られた。

「なんだよ。おい触んな!!」

すると彼女は意外なほどあっさりと足を止める。

「・・・・・叫ぶわよ?」

きれいな弧を描いた唇は、店の照明を受けて艶やかに光った。
この女は今なんと?

「大声で叫ぶわよ?最近は警察官の不祥事も増えてほんと大変なご時世よね。」

俺は文字通り言葉を失っていた。
あいた口が塞がらない。なんて立派な恐喝だ。
そんな俺の様子に満足したのか彼女は手を離すともう一度きれいにほほ笑んだ。

「じゃあ、いきましょうか。」












そして、今に至る。

「あんたさ、ただ飲みたかっただけだろ?」

2杯目のビールに口をつけていた彼女の白い喉が鳴る。

「ばれちゃった?」

これまた悪びれることのない笑顔のまま、彼女は枝豆に手を伸ばした。

「ワインも焼酎も好きだけど、今日はどうしてもビールに枝豆に冷奴な気分だったのよね。」

「オヤジかっ。」

俺は本日何度目かしれない溜め息をこぼしながら、放置しきっていたビールを飲み干した。まず・・・・・・。

「すみません生一つ。」

まだ半分くらい残っている俺のジョッキを、彼女は無言でテーブルの端に寄せると店員に声をかけた。

「まだ半分残ってるんですけど。」

俺は頬杖をつきながら目を細めた。

「まずそうな顔しながら飲むものじゃないでしょ。今日はお姉さんが奢ってあげるから安心しなさい。」

両手を組んだ上に顎をのせて彼女は言った。ここだけピックアップすればいい話。
だが、それ以前に俺が被った被害を考えれば当たり前だ。
いや、むしろ足りなくないか?俺いい人すぎるだろ。表彰ものだ。

「あんたがこんなとこでビールに枝豆つまんでる姿、客が見たら卒倒すんじゃないの?」

「プライベートまで口挟んでくるような器のちっさい客はお断り。」

「さいですか。」

聞いた俺が馬鹿だった。

「どうして警察官なの?」

顔をあげれば2つの瞳がこちらを伺っていた。きれいにカールした睫毛にふちどられた目は、猫のそれを彷彿とさせる。

「危険だし、給料が抜群にいいわけでもないし、腹が立つことのほうが多いんじゃないの?」

たしかに否定はできない。

「父親も警察官だったんだよ。そんだけ。」

「そう。尊敬できるお父さんだったのね。」

茶化されるとばかり思っていたが、返ってきた声音は真剣なものだった。
周りの喧騒が遠く聞こえる。

「あぁ、尊敬してる。・・・・・殉職したけどな。」

俺は試してみたくなった。目の前の女が一体どんな反応を返すのか。
案の定彼女の目は驚きに見開かれている。きまずい空気がこれでもかというほど漂っているのがわかった。
それでも俺はどこか冷静に相手の出方を伺っている。

「・・・・・・怖くないの?」

「・・・・・・怖いにきまってる。」

心の奥底まで見抜かれているのではないかと思うほど、その目は真剣だった。

「じゃあ、安心ね。」

「何がどう安心なんだよ。」

彼女は空いた皿を重ねがら口を開いた。

「恐怖心が鈍ったら最後だから。」

同情されるのは仕方ない。みんな反応に困ってたいてい同情してくれる。でも俺は同情されるたびに苛立っていた。

「ちょっとは同情しろよ。」

「同情なんかされたくないくせに。」

こいつ鼻で笑いやがった。でも不快感はなかった。てか、俺笑ってるし。

「なによ、気持ち悪い。」

彼女は怪訝そうな顔をしている。

「うっせ。すいませーん!!」

気づいた店員がすぐにやってきた。

「この店で一番高い焼酎ボトルで。」

「ちょっと・・・。」

こころもち低い声に店員の方が困ったように俺を見てくる。

「今日はおごりなんだろ?」

彼女は片眉を跳ね上げると溜息をひとつ。

「おいしいおつまみも適当につけてもらえますか?」

「かしこまりました。」

店員は安心しきった表情で戻っていった。

「さっすが♪お酌もよろしく。」

「・・・高くつくわよ。」

彼女はつんと顔をそらすと残りのビールをすべて飲み干した。

「ごちになりまーす。」








一番高い酒をNO1のお酌でただ飲み。
素晴らしい休日の締めくくりとしては悪くない。
喉をすべりおちるビールは冷たくて心地よかった。


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