口は災いのもと



「動きませんね。」

「そうですね・・・。」

今の状況を簡潔かつ明瞭に説明すると、どうやら私たちはエレベーターに閉じ込められたらしい。
時刻は午前3時10分。
善良なる都民たちはいまごろやすらかな眠りについていることであろう。
もちろん善良なる都民であるあたしも、このポンコツの不備に見舞われなければ今頃は自分の部屋でぐっすりのはずだったのだ。
このポンコツにあたしの貴重な睡眠時間を奪い取る権利があるというなら今すぐここで説明してほしい。
もっとも、そんな非人道的なやつこのあたしが2度とその口を開けないようにしてやる。

「あの、」

おっと、すっかり存在忘れてた。
声がしたほうに目をむけると、あたしと同じく不幸中の不幸に見舞われている男が何か言いたげな視線をよこしていた。

「はい?」

心とは裏腹に自他ともに認める最高級の愛想笑顔を浮かべて首をかしげて見せる。

「携帯持ってます?外部と連絡取らないとと思って、自分の携帯みたら充電切れで・・・」

男は困ったように笑った。
充電くらいちゃんとしとけっての。
携帯不携帯男めが。

「あ、持ってますよ。でも、圏外みたいです。ここエレベータだと電波悪いんですよね。」

携帯を開いて圏外であることを証明してやると男は表情を歪ませた。

「うわ、ほんとだ。非常用ボタン押しても反応ないしお手上げですね。」

みなまで言うな。
余計むかついてくるっつの。
先ほどから心の中でつっこまずにいられない男なのだが・・・
顔はそんなに悪くない。
身長も見たところ170後半くらいだし細く見えつつもあれはなかなか鍛えられていると見た。  歳はまだ若そうだ。
大学生だろうか。
おっといけない。
ついつい職業病が・・・。

「もう3時半か。明日月曜ですけど大丈夫ですか?」

時計に目をやった男は壁に背を預けたまま尋ねてきた。

「えぇ。明日はお休みなので。」

明日休みでほんとよかった。目の下にくまつくって出勤なんてごめんだ。

「不幸中の幸いですね。俺も明日休みなんでほっとしてますよ。」

あら、笑うと可愛らしいこと。
でも、月曜休みってこいつフリーター?そもそも、学生の身分でこのマンションって・・・。  

「お互いとことん運に見放されたわけじゃなさそうですね。でも私てっきり学生さんかと思ってました。」

何気なくを装ってさぐりをいれる。
寸分の狂いもない笑顔で男の顔をみる。
あら??男はぽかんと口を開けたまま目も見開いている。

「・・・・・え?」

「え??」

しばしの沈黙。
破ったのは男のため息だった。

「一応社会人なんですよね。今年で26なんですけど。」

「え!?!?」

嘘でしょ?あたしとほとんど変わらないんですけど。
うわ、一生の不覚。
職業柄こういうの得意なのに・・・。

「ご、ごめんなさい。てっきり大学生かと・・・。でもそうですよね大学生でここはないですよね。」

大学生の一人暮らしにこのマンションはまずないだろう。
でも、同棲とか同居といろいろ可能性は・・・ねぇ?

「いや、慣れてるんでお構いなく。」

申し訳なささを100%押し出した表情に面食らったように男は顔の前で手を振って笑ってみせた。
やっぱりね。
あたしが間違えるくらいだし。

「失礼しました。お仕事何されてるんですか?」

「今は交番勤務です。」

交番・・・て、おまわりさんがいるあの交番??なんて意外性の塊なのかしら。

「お疲れ様です。」

普段なら適当にすごーいとか黄色い声出して食いつくとこだけどなんだか殊勝な声がでてしまった。

「いやいや、皆様の税金で暮させていただいてますんで。」

男の態度はさらに殊勝なことこのうえなく思わず顔を見合わせて笑ってしまった。

「あなたは?何なさってるんですか?」

「そうですね・・・。癒しの時間の提供・・・ですかね。」

「へー。マッサージとかエステサロンとか?」

「まぁ、そんなものです。」

いや、全然ちがうけどね。
ま、いっか。

「俺、あなたにそっくりな人知ってますよ。」

「え??」

話の真意が見えず、小首を傾げながら男を見ると満面の笑みとぶつかった。

「友人と夜銀座歩いてるときに・・・。」

男の言葉にあたしはぎょっとなった。

「結構、一部では有名らしいですよ。その人。」

こ、こいつ・・・・!!
意味ありげな視線にあたしは内心舌打ちした。
自分の眼がまだまだ未熟だったことに。
猫と猫かぶりの見分けもつかないとは・・・。
しかし、ここで仮面をひっぺがされてはあたしの沽券にかかわる。

「あなたから見てその人はどんな方でした??」

「え?・・・」

お気に入りのグロスをのせた唇がきれいな弧を描いているのは間違いない。
整った眉を意味ありげに跳ね上げてやる。
男の口端がひくひくと痙攣した。

「きれいでしたよ。とっても。」

言葉に尋常ならざるアクセントを感じたがそんなのはお構いなし。

「あら、お上手ですこと。」

貴婦人よろしく微笑んでやった。
まぁかわいいもんよ。

「まぁ、あなたと違ってだいぶけばかったですけどね。仮面かぶってるみたいで。」

前言撤回。
税金食いつぶし泥棒がいけしゃあしゃあと。
心の嵐到来。









「ねー。」

「はい?」

「見せてよ。」

壁によりかかって髪をいじりながら口を開くあたしは先ほどまでとは別人。

「態度あからさますぎだろ。」

「当たり前でしょ。金にもなんないのに。」

「うーわー。」

「いいから。見せてよ警察手帳。」

顔をひきつらせた男に構うことなくあたしは左手を差し出した。

「なんであんたに見せてやんなきゃいけないわけ?」

あたしの態度に感化されたのかすっかり猫を脱ぎ捨てている。

「何よ。出し惜しみするほどのもの?人の素性は知ってるくせにあたしが知らないなんてフェアじゃな いじゃない。」

目を細めて睨みつけてやると、男の眉間にしわがよった。
わずかな逡巡のあと、男は懐から手帳を取り出して差し出してきた。

「ほら・・・。」

盛大な溜息も忘れずに。
あたしはにんまり笑ってそれを受取る。

「へぇー、ほんとにおまわりさんなんだ。」

「その呼び方やめろ。」

顔全体にうっとおしいと書いてある。
ほほぅ、そういう態度をとりますか。
怖いものしらずの痴れ者めが。
そのとき、エレベーターの扉が力強く叩かれた。

「どなたかいらっしゃいますか?」

「・・・やっと来たか。」

男はひっそりとつぶやくと声をはった。

「中に閉じ込められましたー。2名です。」

やっと解放される。
安堵のため息をもらすと男が振り返った。

「何よ・・・。」

「何じゃねーよ。返せ。」

ちょっとでもかわいいとか思った自分を平手打ちしてやりたい。

「そんな横柄な態度とっていいわけ?おまわりさん?」

油断しまくりな男の胸倉をつかむとやや乱暴に引っ張って懐に手帳をつっこんでやった。  驚いたような表情を下から確認すると、営業用の笑顔をつくる。
待ってましたとばかりにエレベーターの扉が開く。
どうやら指示した階数に到達していたらしい。

「またね、おまわりさん。」

営業スマイルで手をふると、おろしたてのパンプスのピンヒールで軽やかに踵をかえす。  背筋を伸ばして自分の部屋までの廊下をさながらパリコレ舞台のように歩いてやった。
でもね、これだけじゃあないんだなぁ。
あたしのマウントエベレスト並を誇るプライドをなめてもらっちゃ困るわけよ。







後日、奴の警察手帳から某有名クラブNo1の名刺がはらりと落ちて先輩に大爆笑されようともあたしの知ったことではない。
え?やりすぎ?
口は災いのもとって言葉を教えてやったの。
あたしの優しさに感謝してほしいぐらいよ。
それにちゃんと言ったもの。




「またね。」って。



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