春2 


その少女は、
柔らかな日差しの中で、よく俺に微笑みかけてくれた。
いつだって笑っていて、周りを穏やかな気持ちにしてくれるんだ。
ココロが暖かくなるんだ。











「只今より、第55回卒業式を挙行致します。」

マイクを通し、広い体育館内に響く声。
きちんと並べられた卒業生が腰掛ける椅子に、いつもとは違う生徒1人1人の真剣な面持ち。
シンっとした会場に学校長の式辞を述べる声が響き渡っている。
そんな厳正な式典の最中、俺の意識は其処には存在しなかった。

(あれから4年か…)

ふと笑いがこみ上げてきて、俺は慌ててそれを抑えた。
この時期になると毎年あの少女のことを思い出す。
新任の俺によく懐いてくれて俺の姿を見つけると、

「センセ!」

と言って、俺のシャツを引っ張ってくる外見に反しとても幼くて無邪気な女の子だった。
そいつはクラスのムードメイカーで、いつだって人の輪の中で笑っていて
俺からすると、とても眩しい存在だった。
荒んだ社会で、汚く息苦しい社会で、醜い人間の中で、
育った環境なんて誰しも同じはずなのに、そいつはいつだって綺麗だったんだ。
ニコっと歯を覗かせて笑う様は俺に心地よさと暖かさを齎してくれた。
そして、4年前の今日―――。
その日のことが俺の中から彼女を忘れさせまいとしている。





「卒業式に出ずにココに来れば、私は少しだけでもセンセの記憶の欠片に埋め込んでもらえるでしょ?」

それは今までにない告白の言葉だった。






人を好きになるのは、簡単なようで実はそうではない。
この世の全ての人が真実ホノモノの愛を持っているだなんて思えない。
多分、そんなものは指で数えられる程しかないんだ。
誰しも孤独に怯え、自分を守るためにお互いが寄り添い合ってココロを満たそうとする。
何処までも必死なんだ。
孤独に弱い生き物だから―――。

俺だって人並みに彼女はいた。
きちんとした恋愛だったと思うが、それが愛という名の思慕の情であったかは自信がない。
どれも雑踏に溢れかえっているお決まりのパターン化された恋愛だった。
結局はそうなんだ。
好きになることで安心して、愛してるって思い込む。
その事実にいつまでも気付かない振りをする。
そうすることで人は安らぎを得るんだ。
愛することの意味を自ら履き違えて、守ることしか出来ない臆病者の寂しがり屋。



だけど、彼女は違った。
真っ直ぐな瞳と真っ直ぐな気持ちに、嘘も偽りも濁りも1つだってなかったんだ。
職業柄、憧憬の念でそういった類の告白を受けたりもするが、彼女の瞳と笑顔からは、とてもそんな軽い情は伺えなかった。
愛しさと悲しさが折り重なった切ない笑顔の存在に、
緊張しているのか少し震えている声に、
それでも俺の知ることのない彼女が募り重ねてきた想いを懸命に伝えようとする瞳に、
幼いながらも直向きな想いに、



初めてココロから愛しいと思えた。




初めて抱いた思慕の情の正体に俺が気付くのは、
彼女から最後の笑顔を貰った日から4年の歳月を経たときだった。







春は別れの季節であり又、出逢いの季節でもある。
薄紅色の桜の花びらが舞い散ってしまい、春も終わろうとしている新緑の季節。

「今年の教育実習生の3名の方を紹介します。」

朝の忙しい少しざわついた職員室に教頭の声が響いた。
その声に、全職員が沢山の連絡事項が書かれたプリントから顔を上げた。
真っ先に目に飛び込んできたのは、


柄にもなく恋焦がれていた金色の髪―――。

(相変わらず…たんぽぽだな……)

歳月を経ても尚も4年前となんら変わっていない柔らかそうに揺れるたんぽぽ色の髪。
その姿に俺はククッと笑みを零した。
多分、今の顔はひどく緩みきって締まりのない顔だと思う。




恋しい想いはコレか。



「今度は俺が追いかける番か?」

ぽつりと呟いた声は誰に聞かれることもなく賑やかな室内へと溶け込んで消えた。

「お久しぶりです、先生。」

長い睫毛に縁取られた形の良い胡桃色をした瞳。
少しも変わらない暖かさを含む心地よい声音。
一切曇りのないその笑顔に、揺れるたんぽぽ。

「先生じゃなくて……





 センセ・・・だろ?」

想いは愛を育み始める。


inserted by FC2 system