春 


眩暈がするくらい、強く蒼い空
この空の下で出会った
花柄模様
甘めの紅茶
そして、あなた
大切に育んだのは、想いの証
空はいつまでも蒼くて
いつか、誰しもいなくなって
それでも空は
変わらず蒼くて

変わらず、蒼くて










シンとした学校。
この日、学校では高校の卒業式が行われていた。
そんな中、静まり返った寂しげな校舎の廊下を歩く一人の男。
男が足を進めるのは、職員室だった。

「やっほー」

職員室のドアを開けると、ありえない光景が男の目に飛び込んできた。
声の主は、見慣れた高校の制服に身を包んでいる少女。
その胸には卒業生に配られたコサージュがあしらわれている。

「は!?…っお、お前……!!」

少女に声をかけられた男は、眼鏡の奥にある鳶色の双眸を大きく見開かせ、口に咥えていた煙草をぽろりと落とした。

「わぁ〜何してるんですか、センセ。」

「その言葉、一文字残らずお前に返す。」

誰もいないだだっ広いガランとした職員室で、窓際にある机に座って鼻唄交じりに笑っている少女の暢気な姿に、男は呆れてため息をつく。
そして、床に落とした煙草を屈んで拾い、職員室に足を踏み入れてドアを閉めた。

「いいのか?今日は卒業式だぞ…?」

「いいんじゃないですか?どーせ卒業証書は自分でもらえないんだしー」

そう言って少女はケラケラと笑う。
春に近づく優しく柔らかい風がふわりと少女を撫ぜて、綺麗な色素の薄い髪がさらわれていく。

「あぁ、あれ代表者だけが貰うもんな。」

甘いテノール声が少女の耳朶を心地よく響かせた。
少女は、その瞳をつぶって耳に残る優しい旋律こえを堪能する。






「たんぽぽが揺れてるみたいだな。」

しばらく心地よい沈黙が訪れた後、
唐突に言い放たれた男の言葉に、睫毛の中に隠れていた少女の瞳が現れた。
アーモンド型の栗色の瞳がぱちっと開かれて、キョトンとした顔で男を見る。

「お前のその髪だよ。綺麗なたんぽぽ色…」

「……さすが国語のセンセだね。」

整った唇が綺麗な弧を描いて、笑みを浮かべると同時にその鳶色の瞳がほんの少しだけ細められた。
たまに、
本当に、たまに見る
どこまでも、泣きたくなるほど優しい笑顔。
その笑顔に、出したかった言葉は容易く奪われて
胸の中にじわりと何かが広がっていく。




――私のココロは恋い慕う。



「ね、センセ。どうして私がここにいるか分かる?」

ふっと笑って、少女は唐突に男に問いかける。

「俺が分かるわけないだろう。」

また呆れたように言葉を紡いで、笑った。

「この空と同じなんだってことに気が付いたんだー」

少女は静かに、それでいてどこか慈愛に満ちたような声で語り始めた。

「この空みたいに、私の存在もゆっくりだけど確実に薄らいでいって、結局、最後には忘れられちゃうんだ。」

先程と同じ笑顔が切なく、儚く揺れる。

「それって、すごく怖い。」

そう言って少女は自嘲気味に笑った。
男はただ黙って少女を見ている。

「だからね、考えたんだ。卒業式に出ずにココに来れば、私は少しだけでもセンセの記憶の欠片に埋め込んでもらえるでしょ?」

言い終わってどこかすっきりしとような少女の笑顔と、
濁っていない、曇りない真っ直ぐな瞳は、驚くほど綺麗だった――。

「これが、私の三年分の想いへの決着。」

これまで、ずっと溜めてきたもの――
溢れる想いの欠片たち。
恋しさを募らせる その笑顔や、
愛しさを募らせる その声も、

「今日でお別れ。」

そして、ニコッと笑う。
晴れやかな独特の優しさを持つ春の空のように。


「ばいばい、先生・・。」


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