ココロ



最初は変な奴だなって。
呆れ半分、憧れ半分。
純粋に前を見つめているそいつがどうしようもなく羨ましかった。
直向きに泣いている姿を見たら、
息が詰まりそうなほど胸が締め付けられた。





だめだ。
ココロが枯れていく―――









09 純粋さ











芳賀が言い出した週末の約束。
映画を4人で見に行くと決まってからというもの、芳賀と桜井はこの1週間をとても楽しそうに過ごしていた。
ウキウキと映画を心待ちにする2人が何だか子供みたいで、俺は笑った。
馬鹿にしてるとか、呆れてるとかじゃなく。
ただ、微笑ましかったんだ。

(まぁ、俺は憂鬱なんだけどな・・・)

休みの日は部活か家でゴロゴロするかのどちらかだったから、正直なところ映画には行きたくなかった。
週末の街はどこも人だらけで、しかも俺たちが見ようとしている映画は今話題の大人気映画。
その公開初日に見に行こうとしてるんだから、かなりの人が予想される。
俺は憂鬱でしかたなかった。
しかし、喜んでいる2人の手前そんな様子を見せるわけにもいかなく俺は心の中でそっと重いため息をつくのだった。




そんな俺を畳み掛けるように、金曜日の放課後担任からの初仕事を仰せつかった。
職員室に呼び出されて、仕事を渡されると俺と芳村はげんなりした顔でそれを受け取った。

「そのプリントを三つ折りにしてこの封筒に入れてくれ。」

そう言って渡されたのは、まだ折り目の付いていない綺麗な紙の束と校章入りの茶封筒。

「終わったら、俺の机の上に置いといてくれればいいから。」

そうやって、人も食わないようなにこやかな笑みを浮かべて俺たちに有無を言わさず仕事を押し付けた。

(腹黒い・・・)

俺と芳村はほとんど引き攣った笑みを浮かべて担任との会話を終えたのだった。

「災難だね・・・。」

教室へ帰るべく廊下を並んで歩いているとため息混じりに芳村が呟いた。

「ほんとな。まぁ・・・2人でやれば早く終わるだろ。」

俺は苦笑してそう言った。
芳村も「そうだね。」と言って笑った。

「高野君って、何か雰囲気がコロコロ変わるね。」

しばらく沈黙が続いた時、唐突にそう言った。
俺はその意味が分からずに、隣りを歩く芳村を見た。

「ほら、芳賀君や真田君たちといる時と今とじゃ全然雰囲気違うじゃない?」

「・・・・・・、その時のテンションの所為じゃねぇの?」

核心をつくような芳村の言葉に俺は一瞬ドキっとした。
声が掠れる。

「あ、ごめんね!変な意味じゃなくって。何か不思議だなって・・・。」

急に声のトーンが落ちた俺に、芳村は慌ててそう言った。

「いや、気にしてないから大丈夫。」

俺は申し訳なさそうにする芳村に笑ってそう言った。
ニコっと笑うと芳村がほっとしたように笑い返す。

「でも、笑った顔は同じなんだよね。」

「ふ〜ん。・・・自分の笑った顔、自分じゃ見れないから分かんねぇや。」

「勿体無い。女子の間じゃ貴重よ?」

それを聞いて少し驚いた後、俺は「何だそれ。」と言ってケラケラと笑う。
つられたように芳村も笑い、それからは特に会話もなく気まずい空気が流れるわけでもなく無事に教室へと到着した。



「あー!!!!やっと帰ってきた!」

教室のドアを俺が開ければ、中から聞こえてくるのは・・・

「・・・芳賀。」

この大声・・・。俺は聞き慣れた芳賀の声に重いため息を吐くことしか出来なかった。俺の隣りでは芳村が苦笑している。

「千鶴・・・無事?」

芳賀の隣りで雑誌を眺めていた桜井に芳村が声を掛けた。
その声に桜井は控えめにニコっと笑った。

「うわぁ・・・芳村、俺傷つくわぁ〜」

「あぁ。ゴメンね?」

クスンっと泣き真似をし始めた芳賀を軽くあしらう芳村。

「芳村って結構クロい?」

俺は何だか2人の様子が可笑しくって、ぷっと吹き出して笑ってしまった。

「千鶴に関してだけよ?」

そう言ってニコっと笑う芳村。
綺麗な顔をしているので、その笑った顔はとても可愛かった。まぁ、・・・背後の黒いものさえ見えなければの話だが。
芳村がそう言った後、俺はまた笑った。
つられたように、芳賀と芳村が笑い出す。いまだに事が把握できない千鶴だけが取り残されたようにオロオロしていた。

「っと、そういえば芳賀何の用だよ?」

「あぁ!!!忘れてた〜!!!明日のことだよ!明日のこと!!!!」

「あぁ・・・映画な。」

「高野君・・・顔に出すぎだから。」

芳村が苦笑して言うもんだから、俺は露骨に嫌そうな顔をしている自分の表情を変えた。

「何時に何処で待ち合わせよっか!?」

芳賀はキラキラと輝いた目で俺らに話しかけてくる。

(・・・どっかの大型犬みたいだな。)

「混みそうだから、朝のがイイかなって思うんだけど!!!」

「空いてんだったら、何時でもいいぜ?」

「私も平気よ。」

「・・・桜井は?朝、平気なのか?」

俺は芳村の横で、雑誌を抱えて笑っている桜井に問いかけた。

「ぇ!?・・・ぅ、うん!大丈夫だよ!!」

いきなりの質問にたいへん驚いた様子の桜井は慌てて勢い良く返事をしてきた。
相変わらずのあがり症に俺はくくっと笑った。

「じゃぁ、10時にSHIONの西口前ってのはどうでしょ!?」

嬉々として聞いてくる芳賀。
映画が待ち遠しくって仕方ないといった感じだ・・・。

「いいんじゃね?あの巨大観覧車の下な。」

「OK。」

「楽しみだね・・・!」

桜井も芳賀同様、すごく嬉しそうにそう言った。

「じゃ、明日な。」

「いやいや手伝ってくって!な、ちぃチャン!!」

「うん・・・!!」

「悪いな・・・サンキュ。」

俺は2人に笑ってそう言った。
何故だか2人は顔を見合わせた後、すごくご満悦な顔をして嬉しそうにプリントをおり始めた。

「貴重だね。」

クスクスと可笑しそうに笑う芳村に、俺は三者三様の笑いに訳が分からず首を傾げるのだった。





***




土曜日。

「うわっ!お兄ちゃん起きるの早くない?」

俺は休みにもかかわらず7時起床。眠そうな顔でリビングに現れた俺に妹の美佳が驚きの声を上げる。

「あ〜今日、映画見に行くんだよ・・・。」

少し寝癖の付いた髪を掻き、寝起きの掠れた声で俺は言った。
その言葉に、美佳は瞳をキラキラと輝かせて俺に飛びついてきた。

「彼女!?お兄ちゃん彼女出来たの!?」

「っうわ・・・!!何だよ、いきなり!」

「休日に映画っていったら彼女とデートしか有り得ないでしょ!!!ね、彼女可愛い?」

面白そうに笑って、俺に詰め寄ってくる美香に俺はため息を吐いた。

「バーカ。残念だったな、クラスの奴と行くんだよ。お前が期待してるような事は何もねぇよ。」

「え〜つまんないのぉ・・・」

そう言って口を尖らす妹の姿に苦笑し、とりあえず顔を洗うべく俺はリビングを出た。
それから、美佳の話をいちいち聞きながら無事に支度を終わらせ予定通りに家を出た。










「10時5分前。」

待ち合わせ場所であるSHION西口の最寄り駅である矢幡に差し掛かり、地下鉄を降りたのは今から10分前。
そして、頭上に聳え立つスケルトンの巨大観覧車の前に着いたのは、約束の時間の10時を間近に迫った9時55分だった。

「あ、高野君!!」

着いてすぐに、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
声が聞こえた方向を見れば、私服姿の桜井と芳村がいた。
綺麗系で大人っぽい服に身を包んだ芳村と、対照的に可愛らしいふんわりとした服に身を包む桜井。
2人とも軽く化粧をしていて学校の時よりも、可愛らしく俺は素直に好感が持てた。

「悪ぃ!」

時間前ではあるが待たせていたことに謝罪すると、桜井も芳村も「全然!!」といって笑っていた。

「あとは芳賀君だけだね・・・」

まだ少し緊張しているのか、小さな控えめの声で桜井がそう言った。

「あーあいつ遅れてきそう・・・。」

俺は普段の芳賀を思い浮かべて、苦笑してそう返した。芳村が「確かに・・・」といって同意する。

「そ、そうなの?」

「・・・賭けるか?」

俺はクスっと笑って冗談で桜井にそう言った。桜井は戸惑ったようにオロオロしていた。

「ちょっと・・・私の可愛い千鶴を苛めないでよね。」

「冗談ですよ、・・・っと約束の時間が過ぎたな。」

俺は携帯を見てそう告げる。

「やっぱり遅刻か。」

俺がそう呟いてから丁度5分が経過した時、

「悪い・・・!!!!!ちょっと遅れた!!!!!」

と、人目もはばからずにいつものごとく大きな声で現れた芳賀に俺たち3人は苦笑した。

「ま、予想してた通りだし・・・。それより早く行こうぜ?」

「人多くなってきたもんね。」

俺の言葉に芳村が相槌を打つ。

「じゃ、行こうぜ〜♪」

遅れてきた張本人が先陣を切って歩き出し、その後ろを桜井と芳村が、半歩下がったところを俺が歩いた。
SHIONの中は若いカップルや友達同士で買い物に来てる高校生がうじゃうじゃいて、歩きにくい上にとてもはぐれやすい。
俺はついしかめっ面になりながらも、高い身長を駆使して3人の後を進んでいった。

「高野君、歩くの意外とゆっくりだね。」

桜井が俺を見上げながら、そう言うと芳村が一瞬キョトンとしてクスクスと笑い始めた。

(何だ、芳村は気付いてたのかよ・・・)

「千鶴、千鶴。わざわざゆっくり歩いてくれてるだよ高野君は。」

まだ笑いが収まらないのか、上品な笑みを浮かべている芳村に、言葉の意味が分からずキョトンとしている桜井。

「芳賀が前に、俺が後ろにいた方が歩きやすいだろ?」

自分で説明するのも何だか恥ずかしいもので、俺は頬を掻いてそう呟いた。

「人ごみの中、わざわざ人の波が押し寄せないように歩いてくれてるんだよね?」

少しばかりガタイのいい芳賀が前に、身長の高い俺が後ろに。
そしたら、窮屈なく2人は歩けるしはぐれてしまう心配もない。

(まぁ、芳賀が考えてやってるかは分かんないけどな・・・)

「そ、そうなの?・・・ごめんね?」

やっと納得いった桜井は恥ずかしそうに顔を真っ赤にして俺に謝ってきた。

「いや、それよっかしっかり前見て歩けよ。」

危なっかしい歩き方をする桜井に苦笑して俺は言った。

「でも、さっきから思ってたんだけど・・・高野君て人避けるの上手いね。」

「別に。・・・バスケやってるからじゃないか?」

そういって素っ気無く返す俺に、「そっか」っと納得がいった様子の芳村。その会話をひどく真剣な顔で聞いていた桜井が何だか怖かった。
半歩下がって歩いていたのは、2人を歩きやすくっていうのもあるけど・・・
ただ、
人ごみを上手く避けたかったんだ。




それから、ようやくエレベータに乗って7階の映画館まで着いた。
流石に人も少なく、先程より歩きやすい。

「じゃ、チケット買って中入ろうぜ♪」

ニコニコと嬉しそうに弾んでいる芳賀が俺たちにそう促した。
4人全員がチケットを購入し、中へと入る。
中には結構な人数がいたが、後ろの席はほとんど誰もいなかったので後ろに座るという意見で全員が合致した。

「後ろの方、空いててよかったな〜♪」

階段を登りながら、芳賀が言う。

「ホントな。」

俺らは後ろの席を陣取り、それぞれが腰掛て荷物を降ろす。
奥から芳村、桜井、芳賀、俺の順で。

「って、ちぃ!!!何で1個開けて座るのさ!?」

「煩いって!何が哀しくて男同士隣りに座らなきゃいけねぇんだよ!?」

そう言って、俺は芳賀の隣りの空席に自分の荷物をのせた。
最初は不服そうな芳賀だったが、俺の言い分に納得したらしく4人分のポップコーンと飲み物を桜井と一緒に買いにいった。

「お、サンキュ。」

やがて、数分してから帰ってきた芳賀と桜井。
芳賀の腕の中にあるポップコーンを全員に渡し、桜井から飲み物を受け取る。
そして、

「な、ちぃチャン席交替しよー?」

突拍子もなく、芳賀が言った。

「はっ!?お前、何言ってんだよ?」

「だってーちぃ男の隣りは嫌なんだろう?」

だからって、そういう問題じゃなくって。

「ちぃチャンの横ならいいじゃん♪」

芳賀はそう言って半ば強引に、桜井と席を替わり俺を先程まで空席だったところへ座らせた。
4人並んで座ると、何故か満足げな芳賀を俺は恨めしそうに軽く睨んだ。
文句を言いようにも、隣りに座っている桜井の不安げな顔を見れば言える訳もなく、俺は大人しく席に座ったのだった。
一つため息を零し、桜井に買ってきてもらった無糖のコーヒーのプルトップを開ける。
口の中にほろ苦い味が広がった瞬間、映画の始まりを告げるブザーが館内に響き渡った。








物語は少女の死から幕を開ける。
そして、序盤は難病を抱えた彼女を失い、喪失感に見舞われる少年が立ち直っていく姿を描く。
やがて、時間は遡り少年と少女が出逢い、恋していく2人があった。
なんとも奇妙な話の展開はとても奇抜で、より深く物語に入り込める。
ストーリーの先が予想できない面白さがあって、見ていて退屈することはなかった。

(さすが・・・話題になるだけはあるな。)

主人公である2人の言葉はとても深く、重い。
始まって30分。
館内にはすすり泣く声が聞こえていた。
勿論、予想通り俺の横からすすり泣く声が2つ。
見なくたって分かる。
芳賀と桜井・・・。
俺はちらりと桜井に気付かれないように、少しだけ隣りを向いた。
目元を紅くして、ポロポロと滴を零す桜井。
じわりと瞳を潤したかと思えば、堪えきれずに溢れ出して頬を濡らしていく。
本人は映画に夢中で自分が泣いていることにすら気付いていないようだった・・・。
スクリーンから漏れる光が僅かに桜井の涙を照らし、その涙に俺は容易く言葉を奪われた。
そして、目を背けるようにしてスクリーンへと視線を戻した。







何でだろうな。
羨ましくって仕方がないんだ。
ココロが深く堕ちていく。
枯れたココロは潤わない、枯れたココロは生き返らない。
手の中にある飲みかけの缶コーヒーが、とても冷たく感じた。


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