彼は、いつだって輪の中で笑ってた。
でも、それは浅い浅い波打ち際で・・・
つかもうと手を伸ばしても、すぐに波を寄せてしまうんだ。
04
学校生活
入学式が終わってすぐのHRは、自己紹介から始まった。
新たなクラスメートたちが次々自己紹介を終えていく中、私はスカートの裾をぎゅっと握り締め自分の足元をじっと見つめていた。
(・・・・・・どうしよう。)
力の入りすぎた指先は白く、スカートのひだは取れかかっている。
こんな大勢の前で発言しなくてはならないという時点で、私にとっては悪夢以外の何ものでもなかった。
クラスメートたちの自己紹介は、私の耳に届くはずもなく・・・隣で高野君が立ち上がったとき、やっと我にかえった。
「東海第二中出身の高野
智紘です。中学ン時もバスケやってたんでバスケ部入るつもり…!一年間よろしく。」
緊張など微塵も感じられない笑顔を、私は呆然と見上げる。
「(どうして、そんな平然としていられるんだろう・・・)」
再び襲ってきた緊張の波に足が震え、私は膝を押さえるようにして俯く。
「おぃ……、お前の番だぜ…。桜井」
すべての音を遮断していた耳に、やっと届いた声。
頭の中でパチリと火花が散る感覚。
気付けば、ガタンッと大きな音をたてて立ち上がっていた。
全員が驚いたようにこちらを凝視している。
「…あ、あぁ、あの!……さ、さ、桜井
千鶴、……です……よ、よろしくお願いします!!!」
顔が焼けるような熱を持っている。声はみっともないほど震えて、自分の声じゃないみたいだ。
クラス中が、何が起こったのか分からないというようにポカンとなっている。
(あ〜またやってしまった。・・・)
恥ずかしさで更に顔が熱くなる。
「次っ!!」
その場の空気を払拭するように、担任は促した。
椅子に座り、深く息を吐き出して視線をあげると、由美ちゃんが苦笑しつつ小さく拍手してくれた。
「はいは〜い!!鶴舞北中の芳賀
章次です。ちぃ共々ヨロシク☆」
緊張のきの字もない弾けた声。私は心の底から羨ましく思う。
「『ちぃ』って言うなッ!!!!!」
「ひ、酷い!俺ら親友じゃん♪」
「誰がだ!お前、辞書で親友って意味調べてから出直せよ。」
クラスがどっと笑いで包まれた。
「うわ〜!裕樹!!ちぃが苛めるんだけど!!!」
「お前は、ドラえもんに助けを求めて縋りつくのび太かッ!!」
まるで、バラエティーでも見ているような気持ちになり私も思わず笑ってしまった。
「ちぃ、ツッコミ絶妙……ッ!!」
「嬉しくねぇ…!!!!」
担任も楽しげに笑っている。と思いきや・・・
「お前ら、元気いいな〜どうだ?どっちか学級委員長やらないか?」
名簿を確認しながら、担任はニヤリと笑った。
「は…!?マジっすか!?」
三人は笑顔のまま目を瞬かせる。
「は〜い!俺、ちぃがいいと思います!!」
「帰れ!!お前今すぐ地下鉄乗って帰ってしまえ!!」
「ちぃ、さっきから俺の扱い酷ぇ…!!泣いちゃうぞ…」
ここまでくると大物だなぁ〜と私は正直感心してしまう。
「いや、寧ろ俺が泣いちゃうぞ!?」
隣を見ると、高野君は少し焦ったように笑っていた。
「じゃぁ、今学期の学級委員長は…高野に決定だな。」
彼の抵抗も空しく、クラスは承認の意をこめた拍手で溢れる。
「ちぃ〜ファイト!」
学級委員長という、私には無縁な職に就いた彼に私はある種の尊敬をこめて拍手を送った。
「頑張れ、高野〜!」
「こうなったら権力振るって有意義な学校生活送ってやる…っ!!」
クラスは更なる爆笑の渦へと堕ちていく。
「千鶴〜お疲れ☆よく頑張りました。」
項垂れる私に、由美ちゃんは笑いながら言う。
「私、またやっちゃったよ〜。」
「大丈夫。高野君たちの漫才でみんな忘れたって。」
「由美ちゃん。それフォローになってない(涙)」
私は机にほっぺたをくっつけるようにして呟く。
「はいはい。・・・にしても大人気だね。」
私は身体を起こすと、由美ちゃんの視線を追った。
「すごい人だかり・・・・・」
しばらく、人だかりを見学していると人だかりを避けるように高野君が出てきた。
「(あれ・・・?)」
言い表せない違和感に、私は首を傾げる。
その答えを探すように、凝視していると不意に視線が交差した。
私は逃れるようにさっと視線を逸らす。
「千鶴?どうした?」
「・・・ううん。なんでもない・・・」
私の学校生活は、ひっそりと幕を開けていた。
今までと変わらない、延長線上の日々が始まるはずだった。
でも、私の知らないところで物語はずっと動き続けていたのかもしれない。