そいつは、いつだって怯えてた。
人の気持ちに人一倍敏感で、人一倍怖がっていた。
愛されることを拒んでたんだ。
03 学校生活
「じゃぁ、今学期の学級委員長は…高野に決定だな。」
入学式の後のHRでは、それぞれ別の中学の集まりなのでまずは自己紹介から始まった。
ごく普通のHRだったのに、どういうわけだかこの状況……。
俺は嬉しそうに告げる担任の笑顔に圧されるように、がっくりと項垂れるのだった。
「ちぃ〜ファイト!」
後ろからは、芳賀の暢気な声が聞こえてきて俺はそれは深い深いため息を吐いた。
「誰のせいで、こんな事になったと思ってんだよ……ッ!!」
大声で叫ぶわけにもいかず、芳賀に聞こえる程度に低い声で怒鳴った。
芳賀は、くくく…っと、人の悪そうな笑みを浮かべていた。
(こいつ……、性格悪ぃ…)
俺をおちょくって遊んでいる芳賀はきっと腹黒いに違いない。
それはそうと、何で俺が学級委員長になんかならなきゃいけない羽目になったのかというと……、
事態は、数十分前に遡る―――
「東海第二中出身の高野
智紘です。中学ン時もバスケやってたんでバスケ部入るつもり…!一年間よろしく。」
ありきたりな自己紹介が続く中、名簿上俺の順番はすぐにやってきた。
普通なら、前の奴らみたいに緊張するんだろうけど…俺って本当そういうのないからとりあえず笑顔で挨拶する。
どうやら好感を得てもらえたらしく、クラスのほとんどが笑顔で拍手してくれた。
次は、隣りに座ってる女子の番だった。
(あ〜コイツ大丈夫か……?)
俺は隣りの席に座ってガチガチに緊張している女子を見た。
入学式後に受付でもらった座席表の名前を見てみると、『桜井 千鶴』と書かれていた。
担任が「次ッ!」と言って桜井に順番を促すが、緊張のせいか担任の声すら聞こえていない様子の桜井に俺は苦笑した。
「おぃ……、お前の番だぜ…。桜井」
俺は前を向いて、桜井に聞こえるかどうか微妙なくらいの小さな声でそう言った。
瞬間、ガタンッと大きな音をたてて桜井が立ち上がる。
全員が大きな音に驚いて桜井の方へと視線を寄せた。
「…あ、あぁ、あの!……さ、さ、桜井
千鶴、……です……よ、よろしくお願いします!!!」
顔を真っ赤にして、桜井は何度もどもりながら自己紹介を終えた。
最後の方なんか、消え入りそうな声でほとんどの人間が聞こえなかったと思う。
クラス中が桜井の自己紹介にポカンっとなっていると、担任がそんな雰囲気を一掃するように「次ッ!」と言う。
「はいは〜い!!鶴舞北中の芳賀
章次です。ちぃ共々ヨロシク☆」
緊張なんて可愛らしい存在とは無縁な人間がもう一人。
桜井の次といえば、俺の後ろの席のやつなわけで……、
「『ちぃ』って言うなッ!!!!!」
俺はケタケタ笑う芳賀に思いっきり叫んでやった。
「ひ、酷い!俺ら親友じゃん♪」
「誰がだ!お前、辞書で親友って意味調べてから出直せよ。」
俺は「バ〜カ」と付け加えて芳賀よろしくケタケタと笑ってやった。
「うわ〜!裕樹!!ちぃが苛めるんだけど!!!」
俺がそう言うと、芳賀は先程まで俺らと騒いでいた真田に助けを求めるべく名前を呼んだ。
「お前は、ドラえもんに助けを求めて縋りつくのび太かッ!!」
悲しい性というやつか…、俺はすかさず芳賀にツッコミを入れてしまった。
「ちぃ、ツッコミ絶妙……ッ!!」
クラス中に大きな笑いが起こって、芳賀が助けを求めていた真田が腹を抱えて笑いながら俺を褒める。
「嬉しくねぇ…!!!!」
とか言って。結局俺もクラス中の爆笑に呑まれる様に芳賀と笑い始めるのだった。
「お前ら、元気いいな〜どうだ?どっちか学級委員長やらないか?」
緊張感が解けたいい感じの雰囲気になったクラスを見て、担任が俺らに向かって言ってきた。
「は…!?マジっすか!?」
何を言い出すんだ!!と内心焦っていると、芳賀がとんでもない事を言い始めた。
「は〜い!俺、ちぃがいいと思います!!」
芳賀が元気よく手を上げて担任に言う。
「帰れ!!お前今すぐ地下鉄乗って帰ってしまえ!!」
「ちぃ、さっきから俺の扱い酷ぇ…!!泣いちゃうぞ…」
くすん…とかお前がやっても可愛くない!ってじゃなくて!!
「いや、寧ろ俺が泣いちゃうぞ!?」
俺は結構必死に焦ってたのに、クラスの連中といえば俺と芳賀が繰り出す漫才めいたものに笑うだけだった。
隣りを見てみると、さっきまで石化していた桜井も控えめではあったが笑っていた。
「じゃぁ、今学期の学級委員長は…高野に決定だな。」
俺の抵抗も空しく、学級委員長はあっという間に俺に決定したのだった……。
芳賀、覚えてろ……ッ
「ちぃ〜ファイト!」
俺の殺意が伝わらないほど鈍感なのか、暢気に俺の応援をする芳賀。
「頑張れ、高野〜!」
項垂れた俺に、全然知らないクラスメートからも応援される始末…。逃げられない状況ってこんなんですか。
「こうなったら権力振るって有意義な学校生活送ってやる…っ!!」
不貞腐れる俺を尻目に、クラスは本日3度目の笑いの渦へと堕ちていくのであった。
「芳賀!!芳賀!高野君紹介してよ〜」
自己紹介がようやく終わって、十分間の休憩を得た。
休み時間が始まると同時にクラスメイト男女問わずわらわらと集まり始め、俺と芳賀を囲む。
「お〜!!ちぃ!お前人気者〜」
なんて芳賀はいたって暢気だ。いやいやいやいや…!!何この人数…ッ!?
俺は非難するべく、人ごみをするりと抜けて「あとは任せた〜!」と芳賀に押し付けてやった。
ちらりと見れば、囲まれている芳賀。
(ザマ〜ミロ)
なんて心の中で笑ったのは秘密だ。
そして
さっき、芳賀をちらりと振り返ったとき、
桜井のおっきな瞳と目が合ったのも………。
「ちぃ、お帰り〜!」
少しやつれた芳賀を見て、俺は笑みを零した。
「ご苦労さん♪」
俺は笑いながら芳賀を労ってやった。
「芳賀はやんねぇ〜の、部活?」
「俺?俺はサッカーかなぁ〜」
芳賀に話を振ると、そう答える。
確かに…。芳賀は日焼けして亜麻色の肌をしてる。外の競技だと思ってたけど、サッカーだったのか…。と俺はぼんやりと考えていた。
「何々?意外??」
「いや、納得。」
ヘラヘラ笑って近づいてくる芳賀にピシャリと言って、俺は芳賀の動きを止めてみせた。
「ちぃ〜冷てぇ!!」
「暑苦しいやつだなぁ」
不貞腐れる芳賀にさっきの仕返しとばかりに俺は言う。
「スキンシップ嫌い?」
だから、お前が涙ぐんでも可愛くないんだって。
「キモイ」
「はぅ……!」
またもピシャリと言ってのける俺に、芳賀はひどくダメージを受けたように項垂れていた。
俺はケラケラ笑って、「ザマ〜ミロ」と軽口を叩く。
すると、いつのまにかクラス中の視線を集めていたようで…
みんな一連のやり取りに爆笑だった。
このクラス、笑い上戸でノリが良し!!それが俺が1年7組に抱く印象だった。
「じゃぁな〜!高野」
「バイバイ!!」
「明日も笑わせてね〜」
等など。
今日は入学式と2時間のHRで終わりだったから、ほぼ午前授業に近い。
あっという間にHRも終了し、俺がいそいそと薄っぺらの鞄を持って教室を出ようとすると、今日一日で名前を覚えてもらえたようでいろんな人に声を掛けられた。
「おぅ!じゃあな〜!!」
俺は特に気にも留めないで一人一人に返事を返す。
「バイバ〜イちぃ!!」
「また明日なぁ〜♪」
元鶴舞北中(芳賀、真田たち)のうるさい連中も俺に声を掛けて帰っていく。
とは言っても、ほとんどが親の車で帰るんだろうけどな…。
「さ、俺も帰ろ〜♪」
数の少なくなった教室を見て、俺は鞄を片手に母さんの車へと向かうのだった。
俺の学校生活は賑やかに幕を開けた。
これから先のことなんて、考えたこともないけど
きっと俺は笑ってる気がする。
たとえ、何が起きても……。