不変な繋がり


03 波紋






「おはよう。」

片腕でビンを支えたまま慎重にドアを閉める少女。

「おはよ、柚葉。」

頬杖をついて読んでいたものから顔を上げたのは、マネキンのような少女。
鎖骨の辺りで毛先の揺れる髪は眩しいほどのオレンジ色と、日本人には似合いそうもないカラーであるが、外人顔負けの手足の長さと見るものを圧倒する容姿を前にその問題はすんなり片付いてしまった。

「遅いんじゃ阿呆っ!!お前は時計が見えんのか。あ゛ぁ!?小学からやり直せや呆けっ!!」

冬樹の容赦なく投げられる言葉に、多数のため息が生まれた。

「ほんっと詐欺だよね、あんたって。」

苦虫を噛んだように表情を歪ませため息混じりに言うと、可愛らしいヒメのご機嫌は更に降下する。

「うっさいわ!巨女がっ!!」

冬樹は正に吐き捨てるかのように言う。

「卑屈にしか聞こえないわよ〜。外見が綺麗でも中身がこれだから始末に終えないわね。」

やれやれというように軽く首を振る姿は真の怖い者知らずと言えるだろう。

「あ゛ぁっ!?」

整った眉をはねあげる少年。

「冬樹、沙枝。」

一発触発ムードが漂った部屋に甘いテノールが響く。
その声は優しいが、2人を黙らせるという多大なる威力を発揮した。

「さすがは部長・・ですね。」

眼鏡の奥で細められる双眸は満足そうだ。

「柚葉、これを…」

啓斗の言葉には特に触れずに、そのままドアを背にして立つ柚葉に例の書類を手渡す。

「――…あ。」

書類を覗き込んで、少女は軽い驚嘆の声をもらした。

「どうかしました?」

視線が柚葉へと集まる中、当の本人はぼーっとゆっくり天井を仰ぎ見る。

「さっき
3号・・ 拾ってくれた人だ。」

のんびりとした口調に、時が止まったかのようにその場がしんと静まり返った。

「相変わらず分からんやつじゃな。」

綺麗な顔が惜しげもなく歪む。
ついでにため息1つのおまけ付きだ。

「冬樹、顔戻らなくなるよ?」

勿体無い…と蒼紫がボソリと呟きながら言う。
静まり返っていた部屋の中がのんびりとした雰囲気へと瞬時に変わった。

「わぁーさすがボス」

のんびりと褒める柚葉に思わず青筋をたてた冬樹だったが、怒るのにも疲れたのか思いため息で見逃してくれた。

「でもさー、何でこんな時期に転入なわけ?」

書類に目を通していた沙枝が言う。
蒼紫はその言葉に何やら思案するように顎に手をやった。
青筋を立てていた冬樹もふと目を伏せる。

「あんまり考えないほうがいいんじゃない?」

彼らの様子に柚葉が誰に言うでもなく呟く。
その言葉に一同は目を瞠った。

「うん。時間が経てば嫌でも分かるはずだからね。今は…待とうか。彼が
ココ・・に来ることを。」

そう言って蒼紫はわずかにだが、その形の良い唇の端をつりあげ窓の外へと目をやった。
その鳶色の瞳に映るのは、広い中庭でどこかオロオロしている小柄な少年だった。
蒼紫たちのいる部屋は4階にあるので、少年の顔までは見えない。
が、蒼紫は見通したように目を伏せた。

「どうしたの?ボス」

柚葉が首を傾げて聞く。
幼く可愛らしいその仕草に蒼紫は首を振った。
相変わらず表情が揺れることはないが、柚葉には何かを心待ちにしているように見えた。

「何でもないよ。」

そう言ってまた窓の外に目をやるが、今度は彼の目に何かが映ることはなかった。


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