02 迷子
「あ゛ぁっ!ど、どうしよう!!道わかんないよぅー!!!」
道端で叫ぶ一人の少年。
「僕ってば最大のピンチだよ!!!!」
少年は涙目でそびえ立つ建築物を仰ぎ見た。
「大体、デカすぎなんだよ!!美術館かよ!?」
ヨーロッパを思わせる頑丈な門から校舎までの長い道のりは、豊かな木々溢れる並木道。
公園さながらの噴水にベンチ。
そして少年、島咲
大希は広大な敷地内で見事に迷っていた。
「職員室って何処!?ってか、校舎どこっ!?う゛ぅ……う?」
どこまでも続くレンガの道を憎らしげに踏みしめて歩いている時、ふと足に何かが当たり大希は反射的に足元を見た。
「……ビン?」
履き慣らされたスニーカーに体当たりしてきたのは円柱の空きビンであった。
大希は小首を傾げながらそれを拾い上げると、目を幾度も瞬かせて眺めた。
「それ、空っぽよ。」
背後から投げかけられた言葉に大希は驚き肩を揺らせる。
「もう、捨てた
から。」
口をあけた間抜け面で振り返ると、そこには少女が1人。
濃紺とも見てとれる艶めいた髪は、ゆるやかな螺旋を描いて胸の辺りまで伸びている。
同色の双眸は、ぼんやりとしているが縁取る長い睫毛が手伝ってか儚げな印象を与えた。
大希は、ぼんやりと瞬きを繰り返していたが、はたと気付いて意識を戻す。
「えっと……これ、君の?」
よくよく見てみれば少女の腕の中に、大希が手にしている空きビンを何本か抱えている。
「はい。割れなくて良かったね!」
歩み寄って空きビンを手渡すと、少女は目を柔らかく細めて微笑んだので大希もつられて満面の笑みを浮かべた。
「ところでそれ何に使うの?そっちのビンには何か入ってるみたいだけど。」
大希の視線の先にあるビンには透明の一見して水のようなものが入っている。
「水?」
「ホルマリン。」
少女の唇は、はっきりと間違いなくそう告げた。
大希は満面の笑みを浮かべたまま体を硬直させている。
「……あ、あ〜ホルマリンね…。うんっ。ほ、ホルマリンかぁ〜」
青ざめた顔で何とか言葉を返すと、少女は幸福をかみ締めるかのようにうっとり微笑んで言った。
「次は、何漬けようかな〜」
"神様、何故貴方は人間に心臓を1つしか与えなかったのですか……。"
大希の1つしかない心臓は少女の一言で凍り付いてしまった。
それは、もぅ余裕で釘が打てるほどの勢いだ。
「あ!…いけない。もうこんな時間…」
そんないたいけな少年を尻目に、少女は腕時計に目をやると何事もなかったかのように踵を返し、去っていった。
「………」
大希の心臓はまだ作動しないままだった。